古代エジプトではナイル川の東側は生者の街で
西側が死者の住む町と考えられていました。
なので、ギザのピラミッドも王家の谷も
ナイル川の西側に立地しています。
王家の谷の近くにはネクロポリスという
そのまんまな名前の町がありまして、
王家の谷の盗掘で暮らしていたそうです。
前に来た時は、何の設備も無いような場所で
トレーラーを改造したトイレの作りもひどく
トイレットペーパーは薄い紙きれ1枚でしたが
今では奇麗な建物の中で落ち着いて排便できます。
実際に墓地のある場所へと1キロくらい移動します。
歩けるのかもしれませんが、歩けませんね。
ここで体力使うと後が辛いですから。
ぐんぐんと王家の谷が近づいてくるのですが、
なにせ何かしらの建造物があったりするわけではなく
ただの岩山が近づいてくるだけですので
興奮度はいまいちです(笑)
入場できる墓は3つまでとなっていました。
これはツアー客だったからかもしれませんので
個人旅行で行けば無制限で入れるかもしれません。
また、王家の墓は中心部から離れた場所にも
いくつか墓がありますので全部廻ろうとすると
砂漠の中をダッシュしないと時間がたりません。
また、中には閉鎖している墓もあるのですが、
閉鎖している情報が見当たらないので、
行ってみないと入れるか解らない状況でした。
ツタンカーメンの墓は別料金が取られました。
エジプトの人たちは商魂たくましいですね。
日本では「ツタンカーメン」となっていますが
正しくは「TUT ANK AMUN」という名前です。
この名前がツタンカーメンの人生を語っています。
詳しくはアマルナの宗教改革を調べてください。
ただ、ツタンカーメン王の墓の内部よりも
他のラムセス何世とかの墓の内部の方が
よっぽど立派で見どころがありました。
内部は相変わらずの厚さと狭さでしたが
赤ピラミッドの匂い慣れてしまっていれば、
むしろ快適に感じるくらいです。
ぱっと見て分かる通り、あんまり大きくないです。
これはツタンカーメンが急死したためとも
権力が無くて立派な墓が作れなかったためとも
色々な理由が語られています。
なお、ツタンカーメンのミイラは、今でも
この王家の墓の中に眠っています。
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