町の中心部と呼べるような場所に立地しています。
神殿の入り口にはオベリスクが2本ありましたが
1本はパリのコンコルド広場に運ばれていってしまい
今では1本だけが寂しくたたずんでいました。
ここはナイル河畔に立地しているわけですが、
周辺の道路よりも1メートルくらい低くなっています。
それだけ、ナイル川が土砂を堆積させたわけですね。
神殿の上に別の建物が出来ちゃうこともあります。
この神殿の上にある建物はモスクだったりします。
古代エジプトの神殿の上にモスクが建っている
なんだか不思議な組み合わせですよね。
しかも、このモスクは今も使われているので、
古代エジプトの神殿を観光しているのに
なぜだか頭上からアザーンが流れてきます。
なんだかシュールな状況です。
キリスト教の教会としても利用されてきました。
帝政ローマ初期のキリスト教弾圧の時代には
多くのキリスト教徒が古代エジプトの神殿に隠れ
神殿内部を礼拝堂として改修して使用しました。
そのため、いくつかの神殿では神像が破壊されたり
壁にイコンが上書きされたりしています。
こうなってくると、どちらもが歴史の一部なので
現代の破壊行為と違って復旧するのも難しく
とりあえずは現状維持の保存となるんでしょうね。
なにせ、キリスト教徒の観光客からすれば、
受難の時代を知ることのできる貴重な史料ですから。
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